

『死んだ動物をもう一度立ち上がらせ、後世に残したい。そんな使命感を持ってはく製作りに取り組んでいます』と語るのは、1931年創業の北海剥製標本社代表の信田誠さんだ。
『残す以上は、本来の野生の姿を再現しなくてはならない。関節の動き方や筋肉の付き方が、不自然にならないよう配慮するのは当然のこと。いかに自然な表情を出すか、センスが問われる部分ですね。
大学を卒業し、東京でサラリーマン生活を送っていた信田さんが、札幌に戻って家業を継いだのは20歳代半ばのこと。60年代後半から70年代初め、くる病の治療のために道内の温泉巡りをした『花子』と呼ばれるゾウがいた。最後はパラグアイで死んだが、創業者である父・修治郎さんが、その世話で不在がちになり、やむなく帰郷した。
『ベテラン』の従業員に交じり仕事を始めたものの、ほとんど教えてもらえなかった。ただ、小さい頃から作業を見慣れていたので、段取りや要領だけは、それとなく知っていました』
はく製製作は、まずはぎ取った動物の皮の裏から脂を取り、粗塩で固めることから始める。その後、腐敗防止のため皮をミョウバン液に浸けたり、洗剤で洗い流す工程へと続く。こうした下処理を、いかに丁寧かつ迅速に行うかが、仕上がりのよしあしを大きく左右する。『特に草食動物は死後すぐに腐敗が始まり、ガスで体が破裂する危険性が高く、現地で素早く内蔵を取り出し、皮をはぐ必要があります』一方残った骨のうち、使用するのは以外にも頭部だけ。その他は鉄筋で骨格を組み上げ、発泡ウレタンで肉付けしながら彫刻のように形を整え、胴身を作り上げていく。その上に下処理済みの皮をかぶせ、仕上げていくが、収縮を考慮にいれながら向きを変え自然乾燥させるなど、こまめに手入れを繰り返さなくてはならない。馬の場合、完成まで3ヶ月はかかるという。
博物館に納める場合は、事前に関係者と展示方法を打ち合わせ、はく製にどのような姿勢をとらせるかも確認する。『表情もおびえているのか、獲物を狙っているのかによって、目を中心とした顔の細工が微妙に異なります』仕上がった剥製はこれまで、道開拓記念館北や九州市立自然博物館など、道内外に幅広く納められている。最初の処理から胴身づくり、そして繊細さが要求される仕上げまで、一人前になるには15年から20年かかる。現在、信田さんの下では、技術を誇る3人の職人が働いているが、その技を受け継ぐものがなかなか育たないのが悩みの種だ。『誰かが残さなければいけないという、使命感で続けています』
長年、動物の死に接してきた信田さんだが、『動物の死体はあくまで、はく製を作るための素材。かわいそうといった感情はない』といたって平静だ。ただし、自ら動物をあやめることは決してしない。『もちろん動物は好きです。そうでなければ、再び世にだしたいとは思わないでしょう』こうした職人としての自負と愛情が、仕事をしている支えになっている。
(読売新聞 2002年5月14日付け 夕刊に掲載)